研究時間の短縮

外来の縮小は将来的リスクが大きい、最新技術の導入は改革後に満を持して行うべきもの、となると、段々元々これを読んでいる方が想像していた手段が手詰まりになってきたと感じるのではないでしょうか?
それは意識が変化してきているいい傾向だと思いますし、それでこそこのような文章を書いている甲斐があるというものです。
それでは次の検討課題として、研究のための時間短縮についても考えてみましょう。医師にとって、医師にとって、日々の研究や自己研鑽というのは、日常的な医療の延長線上にある重要な仕事です。
たとえば、ただ研究をするだけでいいなら研究所で行えばいいでしょう。
わざわざ多忙なスケジュールの合間を縫って行わずともそれに集中できる環境は今日の社会には確かに存在します。
そういった環境からしか生まれてこない有益な論文も世の中にはたくさんありますし、それらが今日の医療や文化水準に多大な貢献をしてくれていることも事実です。
しかし一方で、実証や実情を伴わない技術は何の役にも立たないのもまた事実であるといえるのではないでしょうか。
つまり医療の現場の実情において機能しない技術は、その時点では誰も救えない、と考ても過言ではないでしょう。
ということは、医療機関には「専門知識を有した現場での研究者」の存在が不可欠である、とも考えられるでしょう。
社会的に見て不可欠な業務であるなら、働き方改革として残った検討余地は業務譲渡でしょう。
例えばそれを、コ・メディカルが行うことは可能でしょうか?
研究に必要な医療現場の総合的知識とその全責任を持って、日ごろから職務に当たっている人材=医師以外には難しいでしょう。
どのポジションに置き換えても、必ず近場の医師に頻繁に相談せずには研究など行えないのは容易に想像できるのではないでしょうか?
むしろ本来であれば、そうした活動にこそ、より多くの時間と労力を割くべきとも考えられます。
であるのなら、この発想がいかに医療の本質を無視しているのかがわかります。
個人的にはそこまでの苦労を賭してでも医師以外の医療従事者の方が、研究を行った場合、一体どんなものになるのか、興味がないといえば嘘になりますが、同じテーマを医師が研究し、周りの意見を参考としたほうが、研究行為での研鑽の分、深度のあるものになるのではないかとも思います。

医師の求人サイトに目を通している人には、こうした研究についてを考えることも大切かもしれません。

将来どんな医師になりたいのか、それらを明確にすることできっとこれからの医師としての求人探しにも集中しやすくなると思います。